| 【7】 よしママ | |
| 分娩年月日 | 2006年7月30日 |
| 妊娠期間 | 40週 |
| 分娩所要時間 | 48時間 |
| 何人目の出産? | 1人目 |
| 出産時赤ちゃんの体重 | 2705グラム |
| 出産予定日の前々日から陣痛が始まり病院に入院。 この時は、おしるしはなく陣痛だけでした。 夜中2時頃に入院するが翌朝には陣痛が止まってしまい帰宅をする予定だったが、風邪を引いていたのか熱が38度あり下痢をしていたので点滴をしそのままベッドの上で様子を見てました。 医師が陣痛を起す為に子宮口を刺激すると、そこから本格的な陣痛が再開。 このペースでいくと夜中には産まれると言われていた。 しかし、陣痛はあるものの子宮口がなかなか開かず・・・。 夜は寝れるように痛み止めの点滴を2本入れてもらったが痛みが治まるはずもなく眠れませんでした。 40時間が経過した頃に破水し順調に子宮口が開くと期待したがこれまたゆっくりゆっくりで思うようには開かなかったです。 翌朝、医師に微弱陣痛なので陣痛促進剤を使うと告げられたがそのときには私の体力がなくなってしまい帝王切開で出産しました。 動悸がし頭はクラクラ、点滴をずっとしていたので体(主に足)が倍以上に浮腫んで本当に苦しかったです(発熱はしたまま)。 下半身麻酔だったので産声も聞こえましたし痛みはありません。 2日目以降の痛みの方がかなりありました。 私の場合、出産後に妊娠性の高血圧にになってしまい夕方になると180を超えるくらい上がってしまって薬を服用していました。 退院後1ヶ月くらいすると血圧も落ち着き楽になりました。 今考えると、低身長で肥満体だったので難産になってしまったのかと思います。 次の子の妊娠を考えるともっとダイエットしないとと思い頑張っています。 費用は57万円でした。 料理が美味しく個室で綺麗と評判の病院だったので多少高いのは覚悟していましたが、高血圧になったので低塩の食事ばっかりだったし美味しい料理は味わうことができずすこし残念でした・・・。 でも、元気が子が産めたので良かったです・ | |
| 【6】 ぱんだこぱんだ その2 | |
| 分娩年月日 | 2003年7月16日 |
| 妊娠期間 | 36週 |
| 分娩所要時間 | 1時間 |
| 何人目の出産? | 二人目 |
| 出産時赤ちゃんの体重 | 2400グラム |
| 二人目出産は計画出産で人口破水。妊娠中に胎児の重さに耐えられず、恥骨を脱臼した上それが離れてずれてしまった。一人目よりも20キロも総体重少なかったのになぜ??年取ったから?これはとにかくものすごい痛みだった。 その脱臼がこれ以上放置すると、産後歩けなくなるかも、ってところまで悪化したから1ヶ月近く早く出した。最初子宮口を開く処置をする。ラミナリアという海草でできた水分を含むと膨らむものを子宮口へ入れる。これでその日のうちに7センチまで開いたんだけど陣痛がない。いや、正確にはあったんだけど、生理痛程度の弱い痛みで、周期的には来てるけど全く騒ぐほどじゃない。 これじゃぁ進まないってことで人口破水。これはとっても原始的。赤ちゃんの袋を突っついて破るだけ。この後やっとそれらしい陣痛が来たと思ったら、あれよあれよと言う間にお産が進んで、1時間ぐらいの間に生まれてしまった。最後はさすがにつらかったけど、それ以外は楽。痛いというよりいたたまれないというような変な痛みだったな、と感じた。2回目は赤ちゃんの頭が降りてくるのも、産道を通るのもはっきりわかって出産の醍醐味を味わった感じ。 | |
| 【5】 ぱんだこぱんだ | |
| 分娩年月日 | 2001年3月20日 |
| 妊娠期間 | 36週 |
| 分娩所要時間 | 4時間 |
| 何人目の出産? | 一人目 |
| 出産時赤ちゃんの体重 | 2400グラム |
| 「犬並み」と、後で皆から言われたけど、本人はそれなりに苦しかった初めての出産。 破水から始まって陣痛4時間・・・長いでしょ。長いよ。初産婦なんだし高齢だし。でも短いほうなんだってねーこれで。 体重増は12キロ。この妊娠前に人生最高に太ってたので、臨月で人生最高体重を記録した。夫より楽勝で重かった。ちなみにいまの私の体重はそのときの半分ぐらい。 検診で1センチ開いていると言われた日の夜、ソファでごろごろしているときにプチっという音とともに破水。わからないだろうと思ってたけど、ちゃんとわかった。破水したら大急ぎで病院へ行かなくちゃいけないのに、準備をまったくしていなくてあせった。初産は遅れる、というのを信じ込んでたから。すったもんだの末忘れ物しまくりでなんとか病院へ着くと、すぐに動けないレベルの痛さの陣痛が来た。陣痛と陣痛の間は気絶してたらしく、記憶がない。先に破水すると若干痛みのレベルが上がるそうだ。例えると熱いボーリングの玉がお尻の穴のほうへぐりぐりと出てくる感じ。全開になってから分娩台の上では20分。2回いきんだら飛び出してきた。ゴ〜〜〜ンと鈍い音が聞こえたのは、飛び出した娘の頭が台にぶつかった音。このコブはしばらくあった。 2400グラムだけど未熟児ではなかった、ただ小さかっただけ。これは母親に原因があるとハッキリしているので誰も心配しなかった。チビなのよ、私。 立会い出産だった夫は、立ったまま気絶していたらしい。そのときの記憶がないと言う。意味ないじゃん。 母乳は結構出てたけど、ちょっと精神状態が悪くて1週間でミルクに切り替えてしまった。がんばれば出たんだろうね。下のこのときは10ヶ月までビュンビュン出てたから。でもがんばれなかった。そういうこともあると今なら許してあげられる、そのときの自分を。 個室を取ったので分娩費用は35万ほど。補助金から少し足が出た。 | |
| 【4】 にかぽん | |
| 分娩年月日 | 2004年4月22日 |
| 妊娠期間 | 38週2日 |
| 分娩所要時間 | 3時間30分 |
| 何人目の出産? | 1人目 |
| 出産時赤ちゃんの体重 | 3045g |
| 4月19日、何事もなくエコーで健診終了。その時はまだ産まれる気配がないとの診断でした。が、次の日の朝になんとなく薄〜いピンクの判別しがたいおりものが出ていたのですが昨日の健診でまだ産まれる気配がないと言われたので全然気にしていませんでした。 そして21日の夜9時まえ、5分おきにトイレに行きたくなって3回目のトイレの時に座った瞬間「ぶちっ」と音とともに破水。生ぬるい血の混じった液体が出てきました。いくら拭いても流れ出てきたので急いで夜用ナプキンを当てて病院へ。その時はまだ陣痛という痛みはなく普通に歩くことも話すことも出来ていました。初産ということもあって看護師さんは産まれるのは明け方だねという話だったので長丁場だなって思っていました。 最初10時くらいに子宮口の開きを見た時は3、4cmでした。その時はまだ陣痛らしきものはありませんでした。11時近くになりだんだん生理痛に似た痛みが3分おきに1分ちかくあり、こんなんで明け方まで痛いの〜?と愕然としていたら看護師さんが子宮口の開きを見に来ました。そしたらもうその時点で5、6cm開いておりこれは早いと驚かれました。そして11時40分、もう一度子宮口の開きを見にきたときは7、8p開いていたのですぐに分娩台へ。0時38分に無事出産することができました。 陣痛自体は2時間くらいだったのでかなり安産だったと思います。が、出産したときに出血が人より多かったため点滴1本追加や鉄剤をもらったりしたので入院7日間全部で46万程度かかりました。 | |
| 【3】 ぷちさいず | |
| 分娩年月日 | 2003年6月22日 |
| 妊娠期間 | 37週4日 |
| 分娩所要時間 | 12時間 |
| 何人目の出産? | 1人目 |
| 出産時赤ちゃんの体重 | 2178g |
| 出産予定日が7月9日だったのですが6月21日、朝検診に行く日だったので病院に行き、診察をしてもらったが子宮口は指1本分くらい開いてるけど、赤ちゃんも降りてないとのことだったのでがっかりして帰りました。 その頃、検診に行くとその後に少し出血するようになったので、その日も午前中の検診の後、お昼くらいに出血がありました。まあ、内診のせいだろうと気にせず過ごしていたのですが、気がつくと軽い腹痛があり、「そういえば、生理痛ってこんな感じだったっけな〜」と思い出すような痛みでした。ダンナにも何だか私、お腹が痛い気がする。と話したのですが旦那はそんなの気のせいだよ、と相手にしてくれませんでした。 しかし、その後もおなかの痛みはちょくちょく出てきて、まさか陣痛?!と思いましたが陣痛はもっと痛くて話しなんてできないくらいのものだ、と思い込んでいたので陣痛だとは思いませんでした。一応、時計を見てみたのですが規則的なのかどうかイマイチわからず・・。しかし、現実にお腹は痛いので気にしながらも買い物に行ったのですが、その頃には痛みが来ると少し立ち止まらないときゅううっとおなかも引っ張られるような感じがありました。 再び、買い物途中の車の中で時計を見てみたのですが、7分間隔?アレ?4分??そんな不規則なものだったので、陣痛とは思わず、家に帰り夕飯の支度を始めました。しかしやっぱり、痛みがあるし時計を見ると7分〜?でも、私は陣痛は15分→10分→5分と5分刻みで短くなるものだ、となぜか強く思い込んでいたのでこんな中途半端な間隔はありえない!と思って、陣痛だとは思わなかったんです(笑)でも、旦那に話をしてもしおなかの赤ちゃんに何かあったらイヤだから病院に電話だけしてみようかな。それで何ともなければ帰されるだけだもんね?といいつつ、病院に電話して陣痛のような痛みがあるんですけど。7分間隔くらいです。と話したらすぐ入院準備して来てください。といわれました。 病院について、すぐ分娩監視装置をつけられ、助産婦さんは「いい張りがきてるね。入院だね」って言われ着々と出産準備が始まりました。 その朝に検診したばかりで、まだまだ予定日までは兆候もないかも、と思っていたので自分のことながら、他人事のように言われるままに横たわっていた気がします。 本に書いてあったように、浣腸・導尿・剃毛をされました。 その後、助産婦さんのリードで呼吸法で痛みを逃しましたが、ピークが近くなった頃には、私の場合は本に書いてあったような肛門近くを押してもらう、とかあぐらをかくというような痛み逃しは効きませんでした。むしろ、歩いてたほうが多少楽だったような気がしました。 もういきんでもいいのかな?と思いきや、なかなか子宮口の片側だけがうまく開ききらず、いきむのをかなり我慢させられましたが、旦那も立会いのもと無事出産することができました。 私の場合、赤ちゃんが検診時の推定よりも小さめだったので保育器に入り、私と同時に退院することができず、2週間よぶんに入院してたのでその分が入院費用にプラスされましたが、トータルで37万くらいでした。 | |
| 【2】 まつり | |
| 分娩年月日 | 2003年07月18日 |
| 妊娠期間 | 39週1日 |
| 分娩所要時間 | 1時間30分 |
| 何人目の出産? | 一人目 |
| 出産時赤ちゃんの体重 | 2454g |
| 39週の検診日、二日前におしるしが出ていたのでドキドキしながら病院に向かいました。『検査してみようか!』と先生。久しぶりの内診に緊張しながら診察台へ・ ・・。いたたたっ!激痛の甲斐も無く、子宮口に全く届かないとのこと。『予定日までには産まれそうだね。何かあったらスグ連絡してね』がっかりしながら家に帰り、いつも通り夕飯作ってダンナ様を待っていたら・・!!突然の出血。その時は500円玉くらいの少量だったので、結構落ち着いていて病院に電話。一応来て下さいと言われ母と一緒に向かいました。すると車に乗っている間にどんどん出血してきて、着いてから取り替えたばかりのナプキンも数秒でもれる始末。エコー検査の間も流れ続けて即入院。心拍の装置を付けて様子を見ることになったけれど、出血は止まないまま。もしかしたら胎盤剥離かもしれない。もしそうだったら、このまま陣痛が来るのを待つのは赤ちゃんが危ない、大量の出血で母体も危険が及ぶ!ということで、緊急帝王切開になりました。 12日間の入院で費用は40万くらいでした。 | |
| 【1】 あちゃこ | |
| 分娩年月日 | 2003年02月05日 |
| 妊娠期間 | 40週6日 |
| 分娩所要時間 | 4時間35分 |
| 何人目の出産? | 一人目 |
| 出産時赤ちゃんの体重 | 3396g |
| 分娩予定日付近より、ジワ〜ンという痛みの弱弱しい張りを頻繁に感じるようになったけど、間隔はバラバラで気がつくと張らなくなっていた。 という事の繰り返しでした。 予定日の次の日がちょうど検診だったのですが、この時点でも子宮口はまったく開いてませんでした。 2月4日の深夜に、弱弱しい張りではあるけど、間隔が2〜3分程度になる時も出てきて、肛門付近も痛く感じるようになってきたので病院に電話し入院の準備をして行きました。 内診ではまだ子宮口は開いておらず、NSTの結果で「前駆陣痛」だろうという言われましたが、予定日も過ぎているのでこのまま陣痛が始まるかもしれないからと、そのまま朝まで陣痛室で待機してたけど、痛み(張り)が増すどころか治まってしまい、主治医と相談しました。 ・予定日から5日超えている事 ・検診で羊水が少なめだとわかっている事 ・母体が前駆(微弱)陣痛で疲れ始めている事 をふまえた上で誘発分娩をする事になりました。 その日の夜、内診で子宮口を刺激。 夜中には間隔こそバラバラだけど、張りが出てきました。 翌朝10時過ぎ、説明を聞き同意書にサインをし、陣痛促進剤を点滴し始めました。 効きの良い人では30分程度。悪い人は日を改めて点滴をし直すようですが、私の場合、とても良い方で、30分もしないうちにドンドンお腹が張り、間隔もすでに3〜5分程度だったと思います。 点滴を打つ前の内診では子宮口は2センチ開いてました。 (夜の子宮口の刺激が効いたみたいです) 1回目の内診で3〜4センチ 2回目の内診で8センチ と順調に子宮口は開きました。 お産が早く進むのに比例して張りの強さ・間隔も見る見る強く・狭くなっていきました。 分娩室に移動し、分娩台にあがってから約30分で無事出産しました。 導尿はしたけど、剃毛・浣腸はしませんでした。 入院費用など合わせて、私の場合42万円程度でした。 | |